古代中国で生まれた『易経』は、占いとして知られる一方、王侯や指導者たちの意思決定を支える帝王学でもありました。
帝王学とは、古代の君主や指導者が政治・戦略・人心掌握のために学んだ知恵や技術のことです。
戦略や政策、組織運営、人生判断の指針として活用され、時代や文化を超えて多くの経営者や武士、思想家が学びました。本記事では、易経の基本的な考え方を押さえつつ、歴史上の人物たちがどのようにこの叡智を取り入れたのかをわかりやすく紹介します。
第1章 なぜ易経は“帝王学”と言われるのか
易経は本来、物事の変化を読み解き「正しい判断」を導くための書です。その内容は、軍略・国家運営・人材評価・危機管理など、
指導者が必要とする思考法そのものを含んでいます。
日本でも古来より、武士階級・知識人・経営者が“判断基準の書”として易経を学びました。そのため「帝王学の書」「リーダーの教科書」と呼ばれ続けています。
第2章 武士が学んだ“判断の書”としての易経
江戸時代、日本において易経は武士階級の教養でした。
朱子学と共に幕府の学問体系に組み込まれ、多くの武士が易を学んでいます。
●代表的な実践者
- 徳川家康:易を含む東洋思想を深く学び、天下泰平の治世を作る際の「時を読む」思想として重視。
- 山本常朝(『葉隠』作者):の中で陰陽観・天運観を強く意識し、易的思考が随所に見られる。
- 吉田松陰:国家の行く末と若者育成に易の天命観を重ねて語った。
当時の武士は、「用いるべき時(時中/じちゅう)を間違えれば、勝つ戦も敗れる」という易経の思想を判断の軸としていました。
第3章 学者・思想家による“人生哲学としての易”
江戸~明治にかけて、多くの思想家が易を読み解き、日本文化の根に浸透させました。
●貝原益軒(江戸前期)
生活哲学『養生訓』の根本思想に易の「中庸」を取り込む。
●伊藤仁斎・荻生徂徠などの儒学者
易経を政治思想・人間学・教育論に応用。
●中江藤樹(近江聖人)
「孝」を中心に、易経の人間観を倫理に落とし込む。
易は、武士だけでなく学者の倫理書としても普及していきました。
第4章 近代:企業家が“経営の羅針盤”として活用
20世紀以降は、武士よりも経営者・指導者が易経を深く学ぶようになります。特に著名なのが次の二名です。
●安岡正篤(やすおか まさひろ)
- 東洋思想家
- 戦後の政治家の指南役として知られる
- 吉田茂、中曽根康弘など、多くの首相に思想的助言
- 易経を中心に「人物学・人間学」を説き、“帝王学の権威”と呼ばれた
安岡氏は「易は変化の法則を知り、人の器を磨く学問」とし、リーダー教育に用いました。
●稲盛和夫(京セラ・KDDI創業者)
- 人生哲学の基底に易経を置き、「心を正しく整えること」「因果の法則」を重視。
- 経営判断でも「時を読む」「勢いが尽きる前に動く」など、易の思想を実践。
- JAL再建でも“正しい心で判断する”という易的思想が反映。
稲盛氏の著作や講話には、易経の思想(中庸・陰陽・大局観)が随所に登場します。
第5章 現代:コーチング・心理学でも再評価
現代では、易経は次の分野でも研究・活用が進んでいます。
- リーダー育成 「変化を読む力」「意思決定力」を養う手法として
- 心理学・コーチング クライアントの状態を“卦”として捉え、思考整理ツールにする
- ビジネススクール アジア的な判断学として易経を講義に取り入れる大学もある
つまり現在の易経は、宗教・占いではなく、“東洋版の戦略思考法”として再評価されています。
第6章 まとめ:日本における易経の実践者は“状況判断のプロ”である
日本で易経を活用してきたのは、
- 武士(戦略・時機)
- 学者(倫理・人間学)
- 政治家(国家運営の原理)
- 経営者(判断と組織運営)
- コーチ・研究者(思考整理法)
これらのリーダー層が中心です。
なぜ彼らが易を学んだかというと、易経が提供しているのは単なる占いではなく、「変化の世界をどう読み、どう動くか」
という普遍的な判断法だからです。
易経が“帝王学”と呼ばれる理由は、まさにこの「判断力の書」という本質にあります。
