わたしたちが当たり前のように手にするトランプ。
その長い旅路は、はるか昔の中国から始まり、中東・ヨーロッパを経由して日本へとたどり着きました。日本固有の「花札」や「かるた」の文化とも深く結びつくその歴史は、異文化交流の足跡そのものです。
この記事では、世界でのトランプの起源から発展、そして日本でどのように受け入れられ普及したのかを、日本人向けにわかりやすくまとめました。
トランプの起源 ― 東アジアで芽生えた「紙札の遊び」
トランプの起源には諸説ありますが、最も強い説は「中国起源」です。
9~10世紀ごろの中国には「葉子戯(ようしぎ)」と呼ばれる紙札ゲームが存在しており、紙媒体の遊戯としては最古級の記録と考えられています。
・賭博や娯楽として紙札を使った
・数字の概念を持つものもあった
・当時の印刷技術の発展と連動して普及した
こうした要素を持つ中国の紙札文化が、長い時間をかけて西へ西へと渡ったとされています。
中東(マムルーク朝)での発展 ― 4スートの原型が生まれる
中国からイスラム圏へカードが伝わる過程は資料が乏しいのですが、現存する最古の“トランプらしいカード”は、中世エジプトのマムルーク朝で用いられたカードです。
・杯(Cups)
・貨幣(Coins)
・剣(Swords)
・棒(Polo-sticks)
この4種類のスートは、のちにイタリア・スペインの「ラテン系スート」へ受け継がれ、やがてヨーロッパ全体に広まっていきました。
ヨーロッパでの急速な広がり ― 14世紀の大流行
ヨーロッパでカードが史料に現れるのは14世紀後半。
1377年のフィレンツェでは、カード遊びに関する禁止令が制定されており、すでに庶民の間に広がっていたことがうかがえます。
その後、
・木版印刷、ステンシルによる大量生産
・貴族の嗜みから庶民の娯楽へ
・各地域で独自スートや絵札文化が発展
といった変化が起こり、15~16世紀には現在の「ハート・ダイヤ・スペード・クラブ」が定着した“フランス式スート”がヨーロッパの標準となりました。
そして日本へ ― ポルトガル船が運んだ「カルタ」
日本にカード文化が到来したのは16世紀半ば。
1549年前後、ポルトガル人が日本へ渡来した時期と一致し、彼らが持ち込んだカードは「ポルトガルカルタ」と呼ばれました。
この“カルタ”こそ、のちの「花札」「うんすんかるた」「天正かるた」へつながる、日本独自のカード文化の源流です。
● カルタ伝来後、日本で起きた主な動き
- 16世紀後半:南蛮文化として各地で人気に
- 江戸時代初期:賭博の横行から度々禁止令
- 規制を避けるため、デザインが変化
→ 花札・地方札・いろはかるた などが派生 - 「うんすんかるた」はヨーロッパ・イスラム風デザインの痕跡を保持
トランプは日本で生まれたわけではないものの、「かるた」文化の中で独自の変化を遂げ、日本人の生活に深く根付いていきました。
明治時代 ― 西洋式トランプの本格普及
現在のような「ハート・スペード・クラブ・ダイヤ」のトランプが日本に広く普及したのは、実は 明治時代以降 です。
・開国後、西洋文化が一気に流入
・外交官・外国商人が持ち込んだトランプが政府高官の間で流行
・国内の玩具メーカーが生産を開始
・大正~昭和にかけて家庭娯楽として定着
やがて、ババ抜き・神経衰弱・ポーカー・ブラックジャックなど、多彩な遊びに適応し、現在の“国民的カードゲーム”という地位を固めていきました。
現代 ― 娯楽から手品、占いへと広がる役割
トランプは単なるゲーム道具としてだけでなく、
・占い(フォーチュンテリング)
・マジック(手品)
・ゲーム理論の研究
・アート/グラフィックデザイン
など、さまざまな領域で活用され、現代のエンタメ文化の一部となっています。
日本においても、家庭遊びの象徴であると同時に、占いやスピリチュアルの文脈でも親しまれています。
まとめ
トランプの歴史を振り返ると、文化が国境を越えて変化していく面白さが見えてきます。
- 起源は中国の紙札遊び
- 中東・マムルークカードでスートが整い
- 14世紀ヨーロッパで一気に発展
- 16世紀に日本へ「カルタ」として伝来
- 明治以降、現在のトランプが定着
トランプは、世界の長い文化交流の旅路を経て、いま私たちの手元にあります。
その背景を知ることで、日常のカード遊びも少し味わい深くなるかもしれません。
◾️知識は、占いの中で育ちます
カードの意味は、読むだけでは完成しません。
実際の占いの中で使うことで、自然と自分の言葉になります。

